« 2007年9月 | トップページ | 2007年11月 »

2007年10月13日 (土)

ホーンステーが割れた!?

 今日は、先日のツーリングでは、少々雨がぱらついたこともあって汚れてしまったので、掃除をするかぁと、2週間以上送れての掃除をすることにしました。

 それにしても、超簡単にすまそうと思ってはいるのですが、このメッキパーツの多さは…。

 正直これまでメッキパーツがあるようなバイクには乗っていなかったので(ほとんどフルカウル)、メッキパーツをどう掃除するか…まぁ追々調べながらすることにして、今日のところはざっとホコリを落として、ワックスがけをすることにします。

 と、ホーンがぶら下がっているのに気がつきました。なんとステーが折れているではありませんか。

 仕方がないので、いつものバイク屋さんに行き…適当な(どう見ても純正ではなさそうだが、まぁ良いかぁ)ステーを持ってきて付けてくれました。

 費用は工賃込み2,000ウォン。

 それにしても、こんな物が折れるというのは…大丈夫かぁ?と本当に疑問に思ってしまいますね。

 そうそう、修理をしたあと、お店の兄ちゃんと少々ヘルメット談義に。

 私はもう25年近くSHOEI一筋なのですが、韓国では凄く高いとのこと。

 HJCといった韓国メーカーもあるようなのですが、SHOEIやAraiといった日本製はかなり高いそうですが(私のX-11で60万ウォンぐらいするそうです)、やはり大きなバイクに乗るなら日本製の方が良いよ、ということでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月 8日 (月)

ノリックも逝ってしまったのか。。。

 今年はバイク事故による死亡ニュースには驚かされたり、落ち込まされたりしていますが、なんと元GPライダーのノリックこと阿部典史選手まで、交通事故で亡くなってしまったとのことです。
 T-MAXを運転中ということだそうですが、Uターン禁止区間でUターンしたトラックに衝突したとか。。。
 GPでも優勝経験があり、今も現役のライダーである彼をもってしてもよけられなかったと言うことは、よほどのことなのでしょう。

 韓国で運転していると、このように交通ルールを守らずに事故っているケースを多々見るだけによけいに身につまされるものがあります。

 自分一人が事故るのは好きにやってくださって結構です。
 でも、他人を巻き込むのだけは絶対に止めてください!!


 残念ではありますが、今は阿部選手の冥福をお祈りいたします。

*** 以下ニュース記事

ノリックが交通事故死、トラックと衝突

10月8日10時4分配信 日刊スポーツ

 7日午後6時20分ごろ、神奈川県川崎市の市道で、2輪ロードレースの人気ライダー、阿部典史(のりふみ)さんが乗ったバイクがトラックと衝突、阿部さんは病院に運ばれたが間もなく死亡した。32歳だった。93年に全日本ロードレースにデビューすると、いきなり史上最年少の18歳で総合優勝を達成。世界選手権(WGP)でも通算3勝を挙げるなど「ノリック」の愛称でファンに愛され、日本に2輪ブームを再来させた立役者だった。
 世界を舞台に活躍したライダーが非業の死を遂げた。川崎署によると、阿部さんは同市川崎区大島1丁目の片側2車線の市道の右車線をスクーター型の500CCバイクで北上中、前方の左車線からUターンしようとした4トントラックを避けようとしたが、衝突して対向車線に放り出された。当初は意識があったものの、午後8時52分、搬送された市内の病院で死亡が確認された。阿部さんは胸を強打し、ろっ骨骨折や臓器の損傷などもみられたもようだ。
 現場はUターン禁止だった。トラックを運転していた51歳の男性は、道を間違えて引き返そうとしていたといい、同署が自動車運転過失致死の疑いで事情を聴いている。
 阿部さんはオートレース選手の父光雄さんの影響で、5歳でバイクレースを始めた。93年に全日本ロードレースにデビューすると、いきなり史上最年少の18歳で総合優勝するなど、若くして才能を開花させた。95年から当時、WGPの最高峰クラスだった500CCにフル参戦。翌96年の日本GPで初優勝し、日本人としては14年ぶりの優勝を遂げた。後輪を滑らせながら必死に逃げる姿は、伝説のレースとして多くの2輪ファンに語り継がれている。
 レース中になびかせる長髪がトレードマークで、気さくな性格から「ノリック」の愛称で親しまれた。WGPでは通算3勝、表彰台17回の実績を残し、岡田忠之、伊藤真一らとともに日本に2輪ブームの再来をもたらした。マイケル・ドゥーハンら世界を代表するライダーと対等に渡り合いながら突然、転倒することもあり、「速くて危険なライダー」とも言われた。
 スーパーバイク世界選手権などを転戦後、今季から全日本に復帰。5月のレースでは3位に入り、復活をアピールした矢先の事故だった。

最終更新:10月8日10時4分

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2007年9月 | トップページ | 2007年11月 »