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2008年6月 6日 (金)

江華島

Smap  今日は、プラッと思い立ったので、前々から行きたいと想っていた江華島に行くことにしました。

 とはいっても、我が家を出たのが12時すぎ。圧倒的に遅すぎます。

 案の定、川辺北路から漢江を渡って国道45号線に出たところで渋滞に捕まってしまいました。まぁ、日曜日の午後1時すぎですので仕方がないと言えば仕方がないんですが…。この渋滞は自然渋滞のようで、江華島に入るところまで続いていました。

【高句麗宮跡】

Sdsc_2274  やっとの思いで江華島到着し、まず最初に向かったのが高句麗宮跡。

 ここは蒙古襲来のときに、39年間高句麗の都が置かれたところなのですが、現在は広い芝生のエリアに、政庁跡、鐘楼などが点在しており…この無駄に広い空間と走る子ども達を見て、奈良の平城宮跡を思い出してしまいました。

【江華支石墓公園】

Sdsc_2292  次に向かったのが、江華支石墓(チソンミョ)公園。

 江華島の支石墓は、島内に大小120余りがあり、北方型の支石墓の南限で、2000年には世界遺産にも登録されています。

 こちらもただっ広い敷地に大小の支石墓やなぜか置いてあるモアイ像、復元された竪穴式住居などがありました。

Sdsc_2298 それにしても、なぜモアイ像なのでしょう?

 たぶん、「古代の不思議な巨石文化」つながりか何かを考えたのかもしれません。

 しかし、いくら解説があるにせよ、こんな物をこういうところに置いてしまうと、本当にこの時代にここにモアイ像があったかのように思われてしまう可能性が無いわけではありません。

 こういった歴史公園というのは、その当時の景観を再現し、ビジュアル的に理解させるのが重要であって、ありもしない物を置くのは、その妨げにしかなりません。非常に残念です。

【草芝鎮】

Sdsc_2321  最後は江華島事件の舞台となった草芝鎮(초지진/チョジジン)。

 江華島事件とは、朝鮮内で開国派と開国反対派で揺れる1875年9月20日、江華島沖に停泊した軍艦雲揚から「測量及諸事検捜且当国官吏へ面会万事尋問をなさん」としてボートを下ろし、艦長自ら江華水道をさかのぼっていくところで(上の地図を参照)、この草芝鎮から砲撃を受けました。

Sdsc_2317  一行はこれに応戦しながら、雲揚に引き上げましたが、翌21日にこれを砲撃するとともに頂山島の砲台を焼き払い、さらに翌22日には永宗島の砲台を砲撃してこれを占領したという事件で、その翌年には日朝修好条規(いわゆる江華島条約)が結ばれたという、日韓関係にとって非常に大きな意味のある場所なのです。

 注)以前は「日本国旗を揚げ、水の補給をしようとしたところいきなり砲撃された」と

   されていましたが、現在ではこの説は採られていません。

 もちろん現在は綺麗に修復されており、城壁の中には当時の大砲が展示されていましたが、城壁の上から海を見ていると、やはりいろいろな事を考えさせられます。

 その後は、来た道も混んでいそうだったので、仁川空港回りで帰ろうとしたのですが、大失敗。こちらも大渋滞&横に逃げ道なしで、かなり時間がかかってしまいました。まぁ、カーナビにアニメ映画を仕込んでおいたので、娘はそれを見て満足していたので良かったのですが…やはりもう少し余裕を持って回りたかったなと言うのが正直なところでした。

 

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